デス・オーバチュア
第58話「兵器極めし者(ウェポンマスター)」




倒れ伏している人、人、人……。
今、この場で立っているのは、漆黒の大鎌を持った幼い少女唯一人だけだった。
街を埋め尽くす動かぬ人々。
街中の全ての人が倒れているかのようだった。
だが、倒れている人々は誰一人外傷は一つも無い。
血の一滴も大地を汚していない、血臭もしない。
にもかかわらず死臭が……死気だけがこの場には充満していた。



ごめんなさい、ごめんなさい、許して、許して。
女は何度も何度も狂った機械のように謝罪の言葉を繰り返しながら、それを投げ捨てた。
空に……遙か彼方の地上に向けて……。
生まれたばかりの赤ん坊を投げ捨てたのだ。



『……私を覗くなああぁぁぁっ!』
「くっ!」
突然、黄金の光輝の螺旋が立ち上ると、タナトスの額を掴んでいたセルを弾き飛ばした。
「……前世に辿り着く前に弾かれた?」
セルは空中で回転し、足から地上に着地する。
タナトスのルーツ(根元)を覗こうとした……その結果が今目の前で引き起こされている現象だった。
巨大な黄金の光輝が、蜷局を巻く龍のように、内にタナトスを護りながら、天へと昇っていく。
「光皇の刻印?……なぜ、彼女に……?」
ルーツどころか、一つ前の前世にすら辿り着けなかった。
現世……このタナトスという少女の記憶すら、彼女にとって強い印象の二つのシーンを垣間見られたに過ぎない。
こんなことはセルの長い生でも始めてのことだった。
「まあ、当然ですね、光皇に刻印を刻まれた者を覗こうとしたのなど初めてのことですから……」
「タナトス!? きゃうっ!」
光輝の螺旋に巻き込まれるようにして、リセットが吹き飛んでいく。
「……さて、どうしたものですかね?」
光輝の螺旋は際限なく激しさを増していた。
もはや近づくどころか、タナトスの姿を目視することもできない。
『……双超魔導砲(ダブルギガグレイティストキャノン)!』
天から飛来した紫の閃光が黄金の螺旋を撃ち抜いた。



天から降臨するは天使。
いや、鋼鉄の翼を持つ魔王だった。
背中の鋼鉄の二対の翼が紫の輝きを放っている。
「煌(ファン)、いきなり双神意砲は酷いですよ……」
セルは己が身を護るように、荒れ狂う旋風を纏っていた。
「……あれくらいじゃないと……ダメだと……思ったから……」
黄金の髪をツインテールにしている少女の両肩にはそれぞれ巨大で禍々しい大筒が装備されている。
先程の紫の閃光もそこから撃ちだされたものだった。
「……なぜ、ルーファスの力がある?……ルーファス居ないのに……」
「さあ? あなたの双神意砲の直撃を受けて無傷なそこの少女に直接尋ねてみたらどうですか?」
セルは、先程まで黄金の螺旋が存在していた場所に視線を送る。
黄金の螺旋は跡形もなく消滅していたが、黒髪の少女が無傷で佇んでいた。
「……お前、答える……お前、何者?……なぜ、ルーファスの光輝を持っている……?」
ファンは黒髪の少女タナトスに訪ねる。
「…………」
タナトスは答えなかった。
ただ呆然と突っ立ているだけである。
「……ん? そういえばあなたにも星幽体とでもいう存在の彼女が見えているのですか?」
セルはふと気づいた違和感を尋ねた。
「……見える……それがどうかした?」
「それはまた妙な話ですね」
気体、幽霊、魂、星幽体、エーテル体等々……セルは『視えないはずのモノ』を視て(正確には体で感じ取り)、『触れられないはずのモノ』を触れることができる。
だが、煌にはそんな能力はないはずだった。
「星幽体が先程の光輝をエネルギー源に一時的な実体化を?」
セルは己の推測を呟く。
「……もう一度だけ聞く……お前は何者だ? 答えろ」
煌が一瞬、両手を交差させるような形でコートの中に手をしまったかと思うと、煌の両手には二丁の銃が握られていた。
「魔導拳銃(まどうけんじゅう)ですか……まあ、確かにあなたの武器の中でそれが一番威力が弱いですからね……それでも人間など一発で消し飛ぶでしょうが……」
魔導拳銃。
普通の拳銃と違って、魔力を火薬として弾丸を撃ちだす銃器だ。
威力も使い手の魔力や精神力の強さや質によって変化する。
魔導時代の人間界にも存在していた兵器だ。
「……『ただの人間』ならですけどね……」
「答えないなら……消えていい」
セルの呟きを無視して、煌は拳銃の引き金を引く。
銃声が魔界の荒野に響いた。



「……何?」
煌は何が起きたのか解らなかった。
弾丸が、タナトスの直前で何かに阻まれ、地に落ちる。
「なるほど……これはまた……」
セルは何かに気づいたのように呟いた。
「……んっ!」
煌は再び両手の拳銃の引き金を引く。
二発の弾丸は再び、タナトスの直前で見えない何かに止められた。
弾丸は力を失い地に落ちる。
「私の能力に近い……でも、私の風よりも……冷たく、鋭く、そして何よりも禍々しい……」
セルは何が起きているのか、完璧に見切っていた。
正確には瞳を閉じ、体で感じているのである。
「……そう……これじゃ、足りないのね……」
煌は二丁の拳銃を背後に投げ捨てると、再びコートの中に両手を突っ込んで、新たな銃器を取り出した。
魔導短機関銃(まどうたんきかんじゅう)。
機関銃(きかんじゅう)といわれる大きな銃器と拳銃の中間ぐらいのなんとか片手でも扱えるサイズの短い機関銃。
機関短銃(きかんたんじゅう)、自動短銃(じどうたんじゅう)などとも呼ばれる銃器。
「……拳銃(ピストル)から自動短銃(サブマシンガン)に変えましたか。魔力高圧弾と連射(フルオート)機能くらいの増強では無理だと思いますよ」
高圧魔力弾、普通の弾丸より魔力という火薬を詰めやすく、結果として初速もUP、感覚的には 1.5倍くらいの衝撃(反動)がある弾丸だ。
「……っ!」
煌が引き金を引く。
二丁の自動短銃から連続で弾丸が撃ちだされ続けた。
しかし、弾丸は全てタナトスの直前で力を失い、地に落ち続ける。
「……面白い……」
煌は弾丸を撃ち尽くすと、自動短銃を背後に投げ捨てた。
「今度は何を出しますか? 散弾銃? 炸裂弾?」
からかうようにセルが言う。
煌に手を貸すつもりも、タナトスを助けるつもりもない、セルは現状を完全に他人事のように楽しんでいた。
「雑魚掃討用の玩具じゃ駄目なのは解った……本気で殺る……!」
煌はがばっとコートを開く。
コートの中から六枚の鏡が飛び出した。
鏡達は煌の周りに展開する。
「……行け、紫光鏡(ヴァイオレットレーザーミラー)!」
鏡が一斉に紫の光線を撃ちだした。



「……なっ?」
「そう、これがあなたの弾丸を防いでいたものの正体……」
タナトスが立っていたはずの場所に、灰色の風が嵐のように渦巻いて、タナトスの姿を覆い隠している。
「……灰色の風……死の気流……死気」
鏡から撃ちだされた紫光達は死気の嵐の前に呑み込まれるようにして消滅していった。
「……来る。私は巻き添えを喰わないように少し退避させてもらいますね」
一陣の翠色の風と共にセルの姿が掻き消える。
その直後、死気の嵐が弾け、無数の死気の刃へと転じ、煌に襲いかかった。
「……魔力放出(マナブラスター)!」
煌の右掌から、煌よりも巨大な紫光の塊が撃ち出される。
紫光の塊は死気の刃の殆どを呑み込みながら、タナトスに向かって直進していった。
「…………」
タナトスが無造作に左手を振り下ろすと、紫光の塊が真っ二つに両断される。
煌は紫光の塊で呑み込み損なった死気の刃から逃れるように背後に跳んでいた。
地に転がっている自動短銃を拾うと、一瞬にして弾倉を交換する。
そして、残りの死気の刃達を全て撃ち落とした。
「……」
死気の刃を撃ち落とし尽くし安堵する間もなく、煌の眼前にタナトスが出現する。
「くっ!」
煌が引き金を引くよりも速く、死気の刃と化したタナトスの手刀が自動短銃を斬り落とした。
さらに、タナトスは手刀を切り返して、煌の体を切り裂こうとする。
「魔力領域(マナフィールド)!」
煌を包み込む膜のように、紫光が放出され、タナトスの手刀を弾き返した。
間合いが離れた瞬間、煌はコートの中から何かを取りだし、タナトスに投げつける。
紫の閃光と爆発がタナトスを呑み込んだ。



「魔力を火薬代わりにした兵器による遠距離攻撃、それが煌の基本戦闘スタイル……」
セルは、煌とタナトスが戦っている場所から遠く離れた崖の上に居た。
この距離からでは二人の姿は豆粒ぐらいにしか見えない。
それでもセルには何の問題はなかった。
最初から目では見ていないのだから……。
セルは体の触覚で気流やあらゆる力の流れを感じることで、全ての事象を察することができた。
「だが、銃などは所詮はお遊び……煌の本質は紫光……純魔力を操ることにある……」
拳銃や自動短銃よりも、魔力を光線や塊として撃ちだした方が遙かに強い。
弾丸などといった弾数や威力に制限がある兵器を使うのは、あくまで煌の趣味……遊びに過ぎなかった。
本当の兵器は、紫光を撃ちだす鏡や二門の大筒。
煌の持つ莫大な純魔力を増幅して撃ちだす超魔導兵器の数々。
「さて、まだまだこれからですよ……楽しませてくださいね」
セルはとても楽しげだった。



「……神火雨(メギドレイン)!」
タナトスの頭上から柱のごとく太い青紫光が雨のように降り注ぐ。
タナトスは人間離れした速さの動きで、紫光の雨の隙間を縫うようにして煌との間合いを詰めた。
タナトスは右手を振り下ろす。
タナトスの右手刀から煌に向かって死気の風が走った。
煌はサイドステップでギリギリで死気の風をかわすと同時に、左掌から紫光を放つ。
タナトスは跳躍して紫光をかわし、そのまま煌に死気を宿した手刀で斬りかかった。
煌は跳び退がりながら、紫榴弾(ヴァイオレットハンドボム)を投げつける。
紫の閃光と爆発が再びタナトスを呑み込んだ。
「……展開」
四枚の鏡が煌の手から離れ、煌の周囲を浮遊する。
「……斉射!」
タナトスの頭上と、四枚の鏡、煌の両掌から一斉に紫光が放たれた。
「……」
タナトスは死気の嵐で己を包み込むことで、紫光の猛襲を防ぎきる。
「……らちがあかない……」
互いに決定打に欠けていた。
煌の弾丸も紫光も全て死気の風の前に無効化され、タナトスの死気の刃も紫光と弾丸の弾幕を撃ち破ることができない。
煌は両手を交差さる形でコートの中に突っ込んだ。
そのまま両手をコートの中に突っ込んだまま、自らタナトスとの間合いを詰める。
「……紫光螺旋砲(ヴァイオレットガドリング)……」
コートの中から抜き放たれた煌の両手にはそれぞれ長い砲身が取り付けられていた。
限りなく零距離の間合いで砲身の先端が回転する。
超高速で数十発……数百発の弾丸がタナトスに撃ちこまれた。
煌は二門の砲身を投げ捨てる。
「……落ちろ!」
煌の拡げたコートの中から無数のミサイルが飛び出す。
タナトスの姿は凄まじい爆発の中に消えた。



「神火雨(サテライトレーザー)、紫光鏡(レーザービット)、紫榴弾(手榴弾)、紫光螺旋砲(ガドリング砲)……挙げ句の果てにミサイルポットならぬミサイルコートですか……本当、武器の塊ですね」
ミサイルだけでなく、煌の使う兵器は常時背中に背負っている大筒以外は全てコートの『中』から飛び出てくる。
「一度あのコートがどんな仕掛けになっているのか教えて欲しいですね……」
セルは自分のマントのことは棚に上げて呟いた。
「……ですが、煌の全銃器を持ってしても、あの死気の壁は撃ち破れない……煌に残された手段は己のスタイルを捨てて、接近戦……格闘戦をするか、双超魔導砲しかない……」
最初に双超魔導砲を防いだのは、あくまで光皇の光輝の螺旋であり、タナトスの死気ではない。
それに、双超魔導砲はあれで限界ではない、まだ上があるのだ。
「一見、煌が追いつめられているようですが……あのタナトスという少女もあれだけの爆流のごとき死気を持ちながら、それを発揮しきれずにいる。どんな強力な死気でも、魔王相手ではただ放つだけでは決定打にならない……何かで、その力を一つに集めなければ……何かで……」
死気を一点に注ぎ込み、一気に生気を吸い尽くすような武器でもあれば……。
もしかしたら、魔王でも滅ぼせるかもしれなかった。



「……いいかげんにして……」
煌は浮遊機雷をコートから吐き出しながら、後方に逃れた。
兵器が尽きたわけではない。
だが、残っている兵器の中に、タナトスに決定打を与えられそうなものはなかった。
タナトスは死気の刃を乱れ撃ち、あっさりと浮遊機雷を破壊し尽くす。
「……もう嫌……あなた嫌い!」
空中の煌は背中の二門の大筒を前方に傾ける。
二対の鋼鉄の翼が紫の輝きを発した。
「双超魔導砲(ダブルギガグレイティストキャノン)……魔力から神火に……モード変更……」
紫の煌めきが、青白い煌めきへと変わっていく。
「……受けろ、裁きの火……双神火大砲(ダブルメギドキャノン)!」
煌の何十倍も巨大な青白の炎が大筒から解き放たれた。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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